多嚢胞性卵巣症候群の診断を受け、

不妊治療を経て子どもを出産した

私自身の体験談になります。

さっそくご紹介していきます。

 

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きっかけは生理不順でした

 

ryo1 多嚢胞性卵巣症候群で妊娠、出産をした26歳主婦の不妊治療の体験談

 

10代の頃から生理不順だった私は、高校生の時、母の勧めで近所の
産婦人科に相談に行きました。その時は部活がとても忙しかったので、
ストレスや不規則な生活による生理不順だろうと言われました。

 

「私はもう赤ちゃんが産めない身体なのかもしれない」なんて、
不安で眠れなかった日もありました。

 

生理不順を治すにはまず3ヶ月ほど基礎体温を付けてきなさいと言われ
ましたが、そのときは半月ほどで面倒臭くなってやめてしまいました。
そのまま通院もしませんでした。

 

その後も生理が1ヶ月に2回あったり、3ヶ月なかったりしました。
3週間続くこともありました。このように生理がくるペースとしては、
安定しなかったのですが痛みもなかったのでそのままにしていました。

 

それから約10年。結婚相手とも巡り会い子どもがほしいと思うように
なりました。ところが1年子作りを頑張りましたができませんでした。
そこで私はもう一度産婦人科を受診してみることにしました。

 

えっ?!排卵してない??

 

nin10 多嚢胞性卵巣症候群で妊娠、出産をした26歳主婦の不妊治療の体験談

 

産婦人科に行く前には1ヶ月間毎朝、基礎体温の記録を取りました。
友達に聞いた情報でしたが産婦人科の先生からは褒められました。

 

診断結果は低温期と高温期の2層に分かれるはずのグラフが私の場合は
一定の体温でした。つまり排卵してないということになります。
排卵していないという事は当然妊娠もできないという状態です。

 

生理の際には出血はするので「無排卵月経」と診断されました。
まずは、きちんと生理の周期を正してから治療をはじめましょうという
医師の話で、飲み薬によるホルモン治療がはじまりました。

 

この排卵誘発剤(クロミッド)は、人によっては手足がむくんだり、
めまいや頭痛などの副作用が見られるらしいのですが、私の場合は
薬が合っていたのか普段と変わらずに過ごすことができました。

 

しかし、この頃になると毎日、毎日赤ちゃんのことばかり考えて
妊娠できない自分を責めてばかりの憂鬱な日々を過ごしていました。

 

街や電車の中で、マタニティマークをつけている人や妊婦さんを見ると
すごく羨ましかったのをよく覚えています。産婦人科の待合室でお腹の
大きな妊婦さんと一緒に待つことが精神的に辛くなってきました。

 

nin2 多嚢胞性卵巣症候群で妊娠、出産をした26歳主婦の不妊治療の体験談

 

そこで思いきって不妊治療専門の病院に変えることにしました。
これまでの経過を医師に話すとエコーで卵巣の様子を見てみましょうと
言われました。前の産婦人科では、検査などは全くしませんでした。

 

「えっ!初回からいきなり見るの?
やっぱり、不妊治療専門の病院ってすごいなぁ・・」と驚きました。

 

卵巣の様子がモニターに映し出されると、丸いお団子みたいのが
いくつも(7~8個くらい)つながってポンデリングみたいでした。
医師からは「これは多嚢胞性卵巣症候群ですね」と言われました。

 

「え?た、たのうほう?らんそう?なんですか?」と聞きなれない
単語を聞き返してしまいました。

 

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多嚢胞性卵巣症候群の診断を受けて

 

多嚢胞性卵巣症候群とは。
排卵される大きさまで卵が育たずに、卵巣に卵が溜まってしまう病気。
名前が長いので頭文字をとってPCOSと略されることもあるそうです。

 

医師からはこのようにいわれました。

 

nin3 多嚢胞性卵巣症候群で妊娠、出産をした26歳主婦の不妊治療の体験談

 

「多嚢胞性卵巣症候群の場合、自然妊娠はまず不可能と考えて下さい。
しかし、卵がないわけではないので薬を使って排卵さえすれば逆に
妊娠しやすかったり、双子などの多胎児ができやすいのが特徴ですので
前向きに頑張っていきましょう!」

 

「自然妊娠は不可能」とはっきり言われてとてもショックでした。
あまりのショックに先生が何を言っても自分自身のこととは思えずに
どこか他人事のような気持ちでした。

 

今、思えば目の前の現実を受け止めたくなかったのかもしれません。

 

まずは飲み薬による治療、それがだめなら注射、それでもだめなら、
体外受精という感じでステップアップしていくという説明をみっちりと
受けてあれよあれよと気づけば初回の診察が終わっていました。

 

家に帰って気持ちの整理をするとじわじわと涙があふれてきました。
「多嚢胞性卵巣症候群」という病名を改めて宣告されたことで、
「自分は不妊症なんだ」と認めざるを得ない状況に陥ったからです。

 

このときはとてもショックでした。
もしも赤ちゃんを一生授かることができなかったらどうしようという、
不安でいっぱいになりました。

 

どん底に落ち込んだ私。
このあとある人物の意外な一言で状況に変化が起きることになります。

 

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